アルバム『Ray Of Light』発売当時、1998年発売のSPIN誌に掲載されたインタビューをskudさんに翻訳いただきました。


39歳のマドンナ・ルイ―ズ・チッコーネにとって、ヒンズー教の僧院なんぞ軽く笑い飛ばしておいて、バーブラ・ストライサンドやセリーヌ・ディオンのように感傷的な曲を集めたアルバムを出すことくらい朝飯前だったはずだ。しかし、バリー・ウォーターズ(SPIN誌の記者)によれば、彼女は『Ray Of Light』という、彼女のキャリアにおいて最も実験的であり、また最も内面をさらけ出した意味深いアルバムを出す道を選んだのだという。

アンダーグラウンドに敏感なミュージシャンが大成功を収めるには3つの選択肢がある。ひとつは大衆が飽き飽きするまで、そして自身のインスピレーションさえ消え失せてしまうまで現状を維持し続けるという選択肢、次にヘコヘコと最新のトレンドを取り入れてありきたりの商業路線のアルバムを出して人気を維持するという選択肢、最後に、更なる未知に飛び込んで、あとは自分の直感が正しく、それにファンが付いてきてくれることをひたすら祈るという選択肢。

真の「たゆまぬ精神」を持つマドンナは、最初の選択肢を選ぶことができなかった。一歩間違えば彼女の名声は狂わされてしまっていたかもしれない。また、(同年代のスター達みたく)2番目の選択肢を選ぶことだってできただろう。マテリアル・ガールにとっては、パフ・ダディとつるんで過去の作品をいじくってサンプリングして、もうすぐ誰かに撃たれそうな流行のラッパーを用意して、ドル札が舞うのを眺める方が簡単だったはずだ。マドンナがパフィに出会うのは、Roncoレーベルのディスコ・ミュージックがウー・タン・クランに出会うようなものだ。もしこれがアメリカの若い世代のミュージシャンだったら、全員がそういうくそみたいなことをしてみせるだろう。

マドンナはポップ・ミュージック界におけるやり手のビジネス・ウーマンとして認知されているにも拘らず、銀行口座まで最短距離の近道を選ぶことはほとんどなかった。常識から外れることに恐怖心を抱く神経過敏な連中に一泡吹かすために、ゲイやレズビアンと写真集『SEX』を創り上げるというのはまったくもって安全策とは言い難い。ゲイのナイトライフのために15年は廃れないだろうサントラを制作するより、もっと荒稼ぎする方法があったはずだ。ご存知のように、彼女は映画に関していくつか評判の悪い選択もしてきた

。80年代のアイドルが90年代でも売れ続けるには、彼女が自分のレコーダーで聴いているような―苦悩するミュージシャンの内省とビートが効いたエキゾチックなエレクトリック・サウンドを融合させた―作品、U2の人気を参考にするのであればトニカのラジオ局では決して流れないような作品を創るしかなかったのだ。それでも彼女は未だに挑発的だ。かつて、自身のエロティックな妄想を世間におっぴろげたことに対して反省などまったくしていないと高らかに歌ってみせたのと同様に、今回も自分の内面に向かったことも、まだほぐれ切らないチャクラをほぐしながら学んだ言語を使ったことも反省などしていない。彼女は新作『Ray Of Light』で、カルマについて歌い、神秘主義を引用し、ヨガ教室でchange(変身)しながらサンスクリット語にchange(乗り換え)し、幼さが抜け切らない恋人にサヨナラのキスをし、娘のルーデスにまるで蝶の口づけのような吐息で子守唄を歌っている。彼女の赤裸々な感傷性は、他の誰かにかかれば、よくありがちな、厄介で感情表現剥き出しの駄作になっていただろう―しかし、彼女は人を当惑させながらも慕われるという才能を未だ失っておらず、デジタルでありながら哲学的であるという点で、『Ray Of Light』は最も斬新であると同時に彼女の真の姿を表出させた作品と言える。

どちらかというと性的表現に欠けると言える楽曲において、情熱を表現するにはそれなりの成熟を要するものだが、ウィリアム・オービットによって(収録曲中の4曲に関してはマッシヴ・アタックのMarius DeVriesによって)精巧に創られた音の祝宴が、今回新たに認知されたきっちりコントロールされた彼女のボーカルと共にそれを可能にしたのだ。『Ray Of Light』はサウンド面では洒落ているにも拘わらず、マドンナは、時に起こる決まりが悪く(そして、人の心を打つような)人間らしい事柄に焦点を当てて率直に表現している。例えば、彼女が生まれたばかりの娘ルーデスに「あなたは私の壊れた心に新しい命を吹き込んでくれた」と歌う時、彼女は恥知らずの感傷的な言葉をチクチクと痛い何かに変化させる。彼女のスウィートでポップな夢路は、そのチクチクと痛い何かで創られたのだ。

「もし私が寝起きに見えるなら…」 マドンナはボディーガードもアシスタントも広報担当者も連れないで近所のコーヒーショップに現れるとこう言った。「その通りよ」 彼女は特に特徴のない黒いニットのシャツに黒のパンツという単調な出で立ちで、黒いネイルは光沢も剥げていた。絡まってくちゃくちゃの真鍮色のブロンドは、ブラウンの地毛が生え際に少しずつ現れていた。インタビューが終わり、リポーターがスナップショトを撮らせてくれと頼むと、彼女はそれを丁寧に断った。「また今度、私が年を取った醜い老婆に見えない時にね」と彼女は提案したのだった。彼女は未だにズケズケと物を言うタイプだが、クラブ・クイーンは、かの悪名高いやりたい放題のトークショー用のペルソナになって裸の王様を地で行くようなことはほとんどなかった。彼女はYanniに対してさえ親切であろうとしたほどだ。
嗚呼、昔のマドンナが懐かしい…


■今回の新作を作った理由は何でしょうか?

「なぜ息をするの?なぜって好きだからよ。曲を書くのが好きなの。私は好きなことをするのよ。」

■このインタビューが決まった時に、「今までにないことを訊くとしたら何がいいだろう?」と思い巡らせたんです。それで「音楽だ!音楽について訊こう!」と思ったんです。ということで、まず手始めに、今回の『Ray Of Light』の制作と、これまでのアルバム制作との違いは何ですか?
「スタジオにいると毎日のように娘が訪ねてきたから、今回はいっぱい子供の邪魔が入ったの。これは新しいわね。でも一番違ったのは、音楽的なチャンスがうんと増えたという点かしら。私はウィリアムに「イカれた大博士」の役を与えたの。彼は元々、実験的で最先端のフィールドにいる人で熟練って感じではないの。逆に私は昔からの経験豊富なミュージシャンと仕事をするのに慣れていたんだけど、今回は彼のように実験的なフィールドでやりたいと思ったからこれまでになくリスクを冒したと思うわ。今回のアルバム制作中はよくストレスを感じたわ。こういうやり方には慣れていなかったし、時間もいつもより長く掛かった。だけど、今になってその時間は自分が行きたいところに行くために必要な時間だったと感じているの。」

■コラボレーターとはどんな感じで曲作りをしていったのですか?
「そうね…その都度違うわ。ウィリアムからの場合だと、彼が作った音、8ビートだったり16ビートだったり、最終的に完成したバージョンより前の段階の音が入ったテープを私にくれるの。私はそれを何回も何回も繰り返し聴くんだけど、そこからは単にリリックのインスピレーションを得るって感じね。それで曲の断片ができるとウィリアムのところに行って、このアイデアを膨らませてみようなんて言いながら共同で音楽的な部分を膨らませていく。それと同時に、私はリリックの方も膨らませていくっていう、殆どはそんな感じね。最後の曲の「Mer Girl」以外はそんな感じでできた。私からの場合は、頭にメロディが浮かんでくるとウィリアムと「それをどうしたい?」「歌うから録音して!」なんていうやり取りをしながらワンテイク歌うの。「Frozen」に関しては、パトリック・レオナルドとの共作なんだけど、 『The Sheltering Sky』っていう映画の、モロッコの…オーケストラをバックに…砂漠を旅しながら…愛する女性を支える男がいて…なんて感じのすごくロマンティックなイメージに取り憑かれていた時に書いた曲よ。それで私はパトリックに、部族が奏でるような美しくてロマンティックな曲がやりたいと言ったの。すると彼はイメージを音楽にし、私はそれをレコーダーで聴きながら自由連想でメロディを作っていくって感じだったわ。」

■今回のアルバムでは歌い方が変化していますがなぜでしょうか?ヨーロッパ的な歌い方になってきたような気がしますよ。ほとんどオペラと言っても良い感じですね。
「映画『エビ―タ』に向けてヴォーカル・コーチにレッスンを受ける中で、自分でも今まで存在に気付かなかった声域を見付けたの。以前は、自分には本当に限られた音域しか出せないんだと信じ込んでいて、それをひたすら最大限に使うって感じだった。そんな状態で彼女に習い始めたんだけど、本当に彼女のお陰ね。私は密かにイタリアの歌曲が歌いたいと思っているの。そこで彼女は最後のレッスンで私にイタリアのオペレッタを歌わせたのよ。それが無意識の内に出ていたのかもしれないわね。」

■『Ray Of Light』はすごくソウルフルなアルバムだと思うんですが、最近のソウル・ミュージック、例えばメアリー・J・ブライジのような感じではまったくありませんよね。あなたのブラック・カルチャーやブラック・ミュージックへの印象は変わったのでしょうか?
「最近じゃ魂(ソウル)の探求在りきのソウル・ミュージックじゃなくなってきてる感じがするわね。その点にはとても失望してるし、刺激もないわ。本当に尊敬の念を抱かせるアーティストもいるけど、大半のR&Bは昔と変わってしまったって感じね。」

■なんでそうなってしまったと思います?
「最近ちょうど、ひとつの流行が終わり掛けてるって感じよね。パフ・ダディを軽んじるつもりはないけれど、彼はあらゆる面において本物の開拓者よ、だけど、他人の曲をサンプリングし続けるっていうのはあまり人に感動を与えられるようなものじゃない。もう聴いたことのある曲をただ聴いてるって感じね。つい口ずさんじゃったりはするだろうけど、それ以上のものは何も生まれないわ。今日ここに車で向かう途中、ラジオでスティービー・ワンダーの曲を聴いたの。今、彼みたいな曲を書く人がいるかしら。そう思うと悲しくなるわ。ベイビーフェイスが一番近いのかもしれないけど、彼のものはもっとポップな感じよね。スティービー・ワンダーくらいに深みのある人なんて思い付かない。それに取って変わって今あるのは、絵空事のような人生よ。権力があって、リッチで、美女に囲まれてというような感じね。私は彼らが真実を描いてみせたり、音楽を進歩させたりできるとは思わないわ。要は志の問題よ。彼らは何のために歌っているのかしら。」

■制作の過程であなたの志に変化はありましたか?
「そうね、聞き手に与える影響や衝撃をより意識するようになってきたわね。デビューしてからの数年間は何でもやりたいことをやったし、それで気分が良くなったり楽しかったりすればそれでよかった。今は、私達がするすべてのこと、映画や音楽やテレビが潜在的に社会に影響を与えていると感じるわ。私は成長して責任感ってものを感じるようになったし、自分の考えをマンネリや説教臭さなしで表現したいのよ。」

■以前は無責任だったと思います?
「ある程度はそうだったと思う。まあ、若さゆえってことにしておくわ。」

■具体的に無責任だったなと思う出来事はありますか?
「不本意ではあったにせよ、他人を出し抜いて上り詰めるというやり方を使ったことに罪悪感を覚えるわ。本当に後悔してるの、本当に。人っていつも他人に恥をかかせたり中傷したりしなくちゃって考えるものなのよ、自分を強く見せるために、もっと良く見せるために、頭がいいと思われるために、クールだって思われるために。でも、そういうのって最終的に全く逆の効果を生むのよ。今になってそれがよく分かるの。そして、それに気付いた時に人は責任感を持つようになるのよ。」

■そういう心境にあなたを至らしめたものって何なのでしょうか?
「単なる過程よ。つまり、何か疑問を投げ掛けて、失敗して、そして傷付くっていうプロセスね。その過程に娘がもたらした影響はとても大きかったわ。子供を持つと、自分の道徳観念は本当に正しいのか考えたり、誰か自分以外の命にとてつもない責任感を感じることで自分の言動がいかに子供に影響を与えるかってことに気付いたり、とにかく第三者の視点でものを見るようになることで、人は皆お互いに影響し合っていることに気付くのよ。」

■あなたはいい意味で大衆の中で作られた数少ない有名人ですよね。
「私とマイケル・ジャクソンね(笑) そうね、多分そうなんだと思う。15年前の自分の写真を見たり、テレビで昔の自分を見たり、昔のインタビューを読み返したりすると、「これって誰?」って感じよ。高校のプラムの写真を見て、「ダサい!なんでこんな髪型にしたのかしら?」って飛び上がるようなものね。」

■あなたと同世代のミュージシャンで消えていった人は数え切れない程いますよね。素晴らしい才能に恵まれた、例えばプリンス、マイケル・ジャクソン、ジョージ・マイケル、U2、それにR.E.Mなんかもかつてのようには売り上げを伸ばしていません。それに比べてあなたのCDはすごく売れていますし、創造性も失っていません。理由は何だと思われますか?
「あなたが今挙げた人達ってずば抜けて才能がある人達ばっかりよね。だから、私は才能の問題ではないんだと思う。そこが人生の落とし穴なのよね。自分が大切にすべき何かを本気で見付けていかなくちゃならないのよ。世間がどう思うかなんて抜きにして、自分が心から切望する何かをね。つまり、「成功したい」とか「音楽を創りたい」っていう思いは確かに人々に届くんだけど、そういう類の思いから一歩抜け出た創作の次元があるのよね、それが難しいのだけれど。」

■あなたはどうやってそういった荒波を乗り切ってきたのですか?
「そうね…自分がぶちまけてきたものに対する反響を、その後、定期的に受け止めていくっていうのはすごくみすぼらしい気分になる作業よ。デビュー当時は、みんな私のことをくそみたいに書き立てて、「どうせ一発屋だろ。来年はもう居ないさ」なんて言ったものよ。でも今となってはそれがよかったのかもしれない。だって、これが終われば彼女はすぐ居なくなるだろうなんていう意見に反して、私が世間に投げ掛けたものは、毎回その度に論争を巻き起こしたじゃない。」

■あなたはこれまで興味部深い作品を、あらゆるジャンルのクリエイター達と創ってきましたね―ベイビーフェイスからウィリアム・オービッド、そしてシェップ・ぺティーボーンからデビッド・フォスターまで―そこで不思議に思ったのですが、何が彼らのもとに導いたのだと思います?
「彼らを脅したのよ(笑) 分からないけど、ある種の感傷性と強さが結び付けたんだと思う。私は一緒に仕事をする人達には誰にでも、その人達を次の段階に成長させるような気分になるの。保守的な人達ならもっと良くなるように決まった道を外れさせようとするし、規則というものを放り投げさせようとするわ。逆に、ウィリアムのように混乱していて規則性ってものがない人には、まったく逆のことをするの。規則に従って、もっと集中するようにするわ。鞭を鳴らしてね。ウィリアムって本当に天才なんだけど、まったく規則性ってものがないのよ。」

■彼は私に、自分は人と付き合うってことに本当に慣れていないんだと話しましたよ。
「その通りね。ある意味、カルチャーショックだったわ。本当にたくさんの問題が起こったの。大混乱で、皆ストレスが溜まってたわ。だって、私達が一緒に働いたのは生身のミュージシャンじゃなくて、音のサンプルとか、シンセサイザのサウンドとか最先端の機器だもの。くそみたく行き詰まりの連続で、どうやって軌道修正すればいいのか誰もわからない状態だったのよ。メカ頼みにただ座りながら思ったものよ、「ファック!」ってね。だから、私達すごく骨の折れるバトルをしたのよ。だけど何とか乗り切ったわ。」


『Ray Of Light』は、マドンナのその他のアルバムすべてと同じように始まった―歌い手とコラボレーターとのミーティングだ。最初は、1997年の5月に行われたケニー・ベイビーフェイス・エドモンズとのミーティング。彼は、マドンナにとってこれまでで最大のヒット曲である「Take a Bow」を共作しプロデュースした人物である。「僕達はいくつかの曲を書き上げてたんだよ、彼女が新しいアルバムの方向性を変えるまではね」ベイビーフェイスはそう思い出す。『彼らは「Take a Bow」のようなテイストの曲を書いていたんだけど、マドンナは同じことを繰り返したくなかった。或いは、必要なかったんだ』(マドンナが完成した一連の曲すべてを見限ったのはそれが初めてではない。94年の『Bedtime Stories』のために、マドンナは『Erotica』の相棒であるシェップ・ぺティーボーンと、それ自体がポシャるまでスピナーズ・スタイルと呼んでいた、ちょうどアルバム1枚分の曲を書き上げていたのだ)

次にマドンナは、女性ポップスのプロデューサー/作曲家(セリーヌ・ディオン、アニータ・ベーカー、スティービー・ニックスらを手掛けた)である、ニック・ノーウェルズを打診した。名うてのプロデューサーは未来的なエレクトニック・サウンドこそ提案しなかったものの、9日間で7曲という効率的な結果をもたらした。その内の3曲、「The Power Of Good-Bye」、「To Have And Not To Hold」、「Little Star」はアルバムの終盤に連続して収録されており、今回のアルバムにおける感情表現の中核を構成している。「マドンナにとって良き共作者とは、彼女が自分の持てるものをうまく表現できるように、彼女の邪魔をしないで一緒に座っていられることにほぼ等しい」とノーウェルズは言う。「僕は彼女にいくらかのコードを与えて、瞑想に付き合い、そしてフェイド・アウトしたんだよ」

ノーウェルズの次に、マドンナはこれまで長きに渡ってコラボレイトしてきたパトリック・レオナルドとタグを組んだ。レオナルドは86年から「Live To Tell」、「Open Your Heart」、「La Isla Bonita」、「Like A Prayer」や「Cherish」など、大ヒット曲や重要な意味を持つ楽曲を手掛けてきたマドンナの共作者であり共同プロデューサーだ。しかし、これまで彼がマドンナと一緒に作ってきたヒット曲と比べると、今回の『Ray Of Light』からシングル・カットされた「Frozen」、また、「Skin」、「Nothing Really Matters」、「Sky Fits Heaven」でも、レオナルドによるスタジオでの打ち込みが極端に少ない。「パトリックのプロデュースだったらもっとピーター・ガブリエル風な趣の曲になっていたでしょうね」とマドンナは言う。「そして、それは私の行こうとしてた方向ではなかったのよ」

その代わりに、マドンナはレオナルドと共作したものをウィリアム・オービットとスタジオで再アレンジしたのだ。ウィリアム・オービット、プロデューサーでありリミキサー、レーベルを所有し、レコーディング・アーティストでもある彼は、80年代中盤からアンダーグラウンドのグルーヴとポップスを融合させてきた人物であり、今やエレクトロニカのパイオニアとして認知されている。「壁じゅうアーティストのゴールド・ディスクやプラチナ・ディスクで覆われたところ(New York HIt`s Factoryのこと)で仕事するのは初めてだったよ」と、オービットは打ち明ける。「初めて一緒にやった時、彼女はその場で創っていくことを求めてきて、僕は凍りついたね。マドンナはすごく実践的で、そのやり方は僕にとって挑戦に等しかった。通常、僕はアーティストと一定の距離を置く。だから外からのプレッシャーがものすごくてね。これまで…そう、これまでと違ってね。マドンナの周りにはマドンナに生計を依存している人々が沢山いるけど、きっと、彼らはマドンナほどに芸術的な志が高いわけじゃないんだよね」

『Ray Of Light』のレコーディングは完了までに4ヶ月半以上を要したが、これはアーティスティックなプロセスを自然発生的に、且つ、集中して早く終わらせたいこの歌い手にとって最長の期間となった。ほとんどの時間スタジオには4人しか居なかった―オービット、マドンナ、エンジニアのパット・マッカーシー(R.E.Mの次回作をプロデュースする予定)、彼のアシスタント・エンジニアのマット・シルバ、そして、山ほどの機械と共に。オービットは文字通り自前の機材を大量に持ち込み、ギターを含めてほとんど全部の音をこなしたのだ(僕の指は柔らか過ぎてギターを弾いたら血が出ちゃうよ、と彼は撤回する) 『エビータ』のボイス・トレーニングで彼女の声域も自信も広がるに連れ、マドンナのボーカルは予想以上の成長振りを示し、数時間、数週間、数ヶ月とオケと時間を共にするに連れて容易に成長が伺えるようになった。多くのボーカルはワンテイクで録音されたとオービットは言う。いくつかそうはいかなかったところもあるけれど。「多少ところどころ音を外したけれど、ボーカルは正しいインパクトを持っていたし、そっちの方が遥かに重要なんだよ」スーパースターの面倒を見るプレッシャーにも拘わらず、二人のコラボレーションは概して価値あるものだった、多少疲れたけれど、とオービットは振り返る(シンセサイザのプログラマー、Marious DeVriesが制作終了の間際に手と衝撃を加えに借り出されたのだ) 「僕はもう長い間インスパイアされていなかったんだ」 オービットが、狂った(maddy)経験についてこう言う。「彼女は繊細、且つ、明確で、彼女の耳はレーザー並みなんだよ。もし彼女がスーパースターじゃなければ、きっと素晴らしいプロデューサーになっただろう。彼女は心から音楽を愛してるんだ」



■ビョ―クのどこがそんなに魅力的に感じるんですか?

「彼女ってすごく勇気があるし、本当に悪戯っぽい魅力があるのよね。彼女は人を惹き付けるものを持っているし、本当に素敵よね。」

■Everything But The Girlはどうですか?
「トレイシー・トーンズの憂いのある声にすごく惹き付けられるの。「Missing」だったかしら?いつもあの曲ばかりやるからすっかり飽きちゃったけど、あれはすごくいい曲ね。」

■その他にお気に入りのアーティストはいますか?
「Verveにハマってたわ、「Bitter Sweet Symphony」が2秒毎にラジオで流れるまではね。そうね…“Air”っていう新しいグループがいるの。彼らのアルバムは強烈よ。私っていつも、切なくて、何かに憑り付かれた感じの曲に反応しちゃうの、ただし本当に生き生きとした感じのグルーヴがなくっちゃ駄目よ。トリッキーの「Make Me Wanna Die?」のStereo MC`s remixって聴いたことある?あれってすごいわ。あの曲を車で聴くのが好きなの、車が揺れてドアが外側にひん曲がっちゃうくらいの大音量でね。」

■あなたは昔、インタビューで「テクノ=死」と言っていましたけど覚えてますか?
「ええ。」

■今でもそう思います?
「ある程度はね。私が聴いていたテクノって、リアルな感情のない空っぽのテクノだったのよ。でも、テクノも進化して感情や温かみのあるものになったみたいね。テクノとヒューマニティを結び付けることもできるのよ。でも前の私にはできなかった。何も感じなかったのよね。」

■ウィリアム・オービットやMarious DeVriesはどうやってシンセサイザとか機械に温かみをもたらしたのでしょうか?
「あの人達じゃないわ、私がやったのよ。彼らは血の通わないものしかもたらさないけど、私は温かみのあるものをもたらすってわけ(笑)」

■マーベリック(当時マドンナが所有していたレコード会社)がプロディジーと契約を結んでからというものマドンナはテクノにハマったっていう人も出てくるでしょうね。
「Veronica Electronicaよ、どうぞ宜しく。私って常に変身せずにはいられないの!(Veronicaはマドンナの洗礼名)」

■ゴールディってどう思いますか?
「『Ray Of Light』の中の1曲で彼と仕事しようとしたの。ネリ―・フーパーが初期の段階のデモを彼に聴かせたら、「To Have And Not To Hold」に彼が惚れ込んだのよ。私達がマスターテープを彼の元に送ったら、あとは一人でやらせてくれって言ったが最後、二度と連絡が来なくなったわ。うん、きっと忙しかったのね。」

■フィオナ・アップルは?
「彼女の歌い方は好きよ。私、暗いのって好きなんだけど、彼女もすごく暗いしね。」

■スパイス・ガールズは?
「好きよ、意外に思われるのは分かっているんだけど。誰かがスパイス・ガールズの悪口を言う度に「ちょっと待ちなさいよ、私だって昔はスパイス・ガールズだったのよ!」って言ってやるの。」

■若い世代の音楽についてどう思われます?
「例えば?」

■Yanniみたいな感じのとか。
「ベージュのカーペットみたいな感じね。別にいいんだけど、私の家には敷きたくないわ。」

■ビョ―クやEverything But The Girlをライバルだと認識してますか?
「そうね、彼らの音楽に影響を受けてるわ。それってライバルだっていうことになるの?実際、誰が私のライバルだかなんて分かんないわ。ま、ガース・ブルックスじゃないことは分かるんだけど(笑)いわゆるスーパースターとしてカテゴライズされてるのは分かってるけど、どのスーパースターとも類似点はないと思うわ。私ってスーパースターでいるには左寄り過ぎるのよ。今後、私がメインストリームで受け入れられることは決してないわ、決してね。過去にはそんな時もあったわ、ほんの一瞬だったけれど。でも、私の感性ってメインストリームとは相性が悪いのよ。だって、私ってシングルマザーだし、公然と女同士でキスしたりもしてきたしね。」

■あなたの過去の作品を聴いて思ったんですが、あなたが書いた名曲の中には、破局に終わった関係の後に書かれたものがありますね。「Like A Prayer」はショーンとの破局の後ですし、「Erotica」はウォーレンとの関係の後ですね。そういう曲をやるのって、新曲をやるより難しいんじゃないですか?
「いいえ、いい気分よ。そりゃそういう曲をやってる時には切なくなるけど、同時にその切なさを大いに楽しんでるわけ。悲劇のヒロインってところね!憂鬱や悲しみって予告なしに起こるからいいんじゃない。」

■新しいアルバムの中でも「The Power of Goodbye」はとても悲しい曲ですが、別れというものに対してうまく対処できるようになってきてるんでしょうか?
「そんなことないわ。毎回嫌な思いをしてるわ。私、最低な思いばかりしてるのよ。誰にもサヨナラなんて言いたくないわ。つまんないじゃない。死ぬまですべての恋人と一緒にいたいのにどうしてできないのかしら?」

■『Ray Of Light』は破局に時期に作られた作品なんでしょうか?
「どの破局のことかしら?(笑)」

■カルロス・レオンでしょうか?
「数ある内のひとつね、イエスよ。だけど『Ray Of Light』の中に私を傷付けた人のことを歌っている曲があるのだけど、それは彼のことじゃないわ。私は過去に自分の身に起こったことも、今現在のことも、まだ経験していないことも書いたわ。でも、未経験だとしてもこの先必ず起こることよ。」

■今でも簡単に恋してしまうんですか?
「そうね。救いようがないくらい簡単にね。」

■何度も同じ間違いを犯しているってことでしょうか?
「ええ。」

■それを認めることってすごく怖いことですよね?
「そうよ、あんまり私の人生を分析し過ぎないで欲しいわ。」

■今回のアルバムはこれまでの作品と比べても、より個人的なことが描かれているので尋ねたかったんですが…
「そうかしら?」

■私はそう思います。そう思いませんか?
「でも、他の作品だってすごく個人的なものよ。『Bedtime Stories』だってそう。本当よ。『Erotica』だってそうよ。きっと今の方が良き書き手なのね。そうであることを祈るわ。ここ最近の何作かは怒りや不満、皮肉なんかを前面に出して作ったものだったし、自分のことをまるで犠牲者のように感じていて、その分もっと攻撃的だったからだと思うわ。今回はそういうものを感じていないのよ。」

■いざ恋人となると他の物のように簡単には手に入らないという事実を受け止めたということでしょうか?
「実際同じようなものよ。ただし最高のものっていうのは…そうね、自分が受け入れることができて、自分に恐怖心を抱かせることもない、だけど時には恥をかかせてやりたいなんて思わせたりもするものなのよ。つまり完璧な恋人っていうのは自分の歌とか詩みたいにやりたいようにやれるものじゃないのよね。」

■今回のあなたのアルバムとサンドラ・バーンハードの新作のワンマンショーは、“歳を食ったキャリア第一主義の出たがり女が自己分析的な夢想を題材にしている点で共通している”と誰かが言っていましたが?
「「誰だって歳は取るわよ、ハニー」としか言いようがないわ。私にはキャリアがあるし自己分析もする、だから別に侮辱だとは思わないわ。私はただ自分の人生と向き合っているのよ。」

■「Shanti/Ashtangi」や「Sky Fits Heaven」では、東洋の精神に対する興味がモロに表現されていますが、あなたの精神生活はどんな感じなのでしょうか?
「それを実際に言葉にしてしまうと何か平凡でつまらないもののような感じがするのよね。(深い溜息) 私はカバラを学んでいるの。カバラっていうのはユダヤ教のトーラを神秘的に解釈したものよ。私は仏教もヒンズー教も学んだし、ヨガも学んだ。ご存知のようにカトリックのこともよく知っているわ。そのいずれにも繋がる明らかな真実があって、それはすごく癒しを与えてくれる寛大なものなのよ。私のスピリチュアルな旅の道のりは、すべてのことにオープンになることなの。何か意味のあることに注意を払って、そこから学び取るのよ。私にとってヨガは人間の本質に一番近いものね。」

■いつヨガに目覚めたのですか?
「娘を産んだ時ね。帝王切開だったから以前のように運動できなくて。それで友達の紹介でヨガに目覚めたのよ。その後、何人かの先生に師事して、私のお気に入りのアシュタンギ・ヨガに出会ったの。始めた頃は何のポーズもできなかったわ。よくバランスの体勢を「恥辱の体位」って呼んだものよ!ひたすら落ち込んだわよ。少しずつできるようになったの。でも、何かを成し遂げると、その次にもっと難しいことが待っているのよね。これって本当に人生ってものを暗示してる感じがするわよね。」


(翻訳:skudさん)


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