「デビッド・ボウイにしろ、ヘルムート・バーガーにしろ、両性具有はほかのなによりもわたしの作品に大きな影響を与えてきたと思うわ。


■あなたはかつて「映画スタジオよりアート・ギャラリーのオーナーになりたい。美術館でもいい。ハリー・コーン(コロンビア・ピクチャーズの元会長)よりペギー・グッゲンハイム(夫のサイモン・グッゲンハイムと共に財団を設立し、芸術家を支援したことで知られる)になりたい」とおっしゃってましたね。美術や写真にはいつごろから興味を持つようになったんですか?
「子供のころから興味はあったの。家族に絵を描ける人間が何人かいたんだけれそ、わたしにはその才能がなくて、彼らを見ながら、まるで自分も描けるかのように思ってたのよ。あと、デトロイト・アート・インスティテュートに入学したのも大きなきっかけだったわね。ディエゴ・リベラに興味を持ったのもそのころだから。それと、カトリック教会にたくさん通うとわかるけど、教会ってどこを向いてもアートだらけで、宗教的恍惚感を起こさせる対象としてのアートに触れることができるのよ。それに、ダンスをやりにニューヨークに引っ越したっていう、そのこと自体も大きなきっかけだった。あのころのわたしは信じられないくらいに貧乏で、ダンサーとして世間で認められようと必死だったから、ただで入れる美術館がわたしにとって唯一の娯楽の場だったのよ。とにかく興味があったってこと。で、そのうちに夢中になりだして、作品をコレクションするようになってからは、アーティスト本人についての本もどんどん読むようになったんだけど、そうするといろんな名前が登場してくるわけ。ほら、ペギー・グッゲンハイムのこととか。それで彼女についても当然いろいろ読み出したわけ。彼女の一生ときたら、それはもうすごかったのよ!あれだけいろんな偉大なアーティストと交流があったなんて、ほんとに驚きよね」

■絵のコレクションはいつごろから?
「初めて給料をもらったときからね」

■何を買ったのか覚えてます?
「レジェを1枚とフリーダ・カーロの自画像を1枚。どっちが先だったかはもう覚えて無いけど。でも買ったはいいけど、ちょうどそのころは結婚したばかりで、マリブの自宅にぜんぜん不釣合いだったのを今でも覚えてるわ(と言って、軽く吹き出す)

■そういった絵は以前からずっと欲しいと思っていたんですか?ずっと憧れの対象だったんでしょうか?
「そうね。特にフリーダ・カーロには前からずっと取り憑かれてて、彼女にまつわるものを手に入れたいって、そのことばかり考えてたわ。で、フリーダ・カーロを通じてティナ・モドッティのことも知って、彼女の絵もコレクションするようになったの。そして、次がエドワード・ウェストンで・・・そんなふうに、いつもひとりのアーティストから必ず別のアーティストへとつながっていくのよ。だからたとえば、ピカソが好きになったら、彼のことだけじゃなくて、当時のアート界やヨーロッパ文化全般のことも知りたくなる。で、それをきっかけにマン・レイだの、シュールレアリズムだの、アンドレ・ブレトンだののことも本で読むようになって。気が付くとあの世界全体にすっかり入り込んでて、ほかのアーティストたちにも興味が湧きはじめてるってわけ。病気みたいなものよね」

■そんな病気なら大歓迎ですね。
「最近は新しいフォトグラファーにますます夢中なの。ガイ・ボーディンにかなりはまってるわ。ベッドルームに彼の写真を2枚、毎朝起きるとすぐ目に入るように飾ってあるのよ。アートの世界の至る所に首を突っ込んでる感じよね」

■わたしもあなたが持っている作品について読むたびに、そういう印象を受けてきたんですよ。守備範囲が相当広いなぁ、と。
「作風がどうのこうのじゃなくて、感性に惹かれるからなのよ。わたしはアートのふたつの面にものすごく興味があるの。ひとつは苦悩で、もうひとつはアイロニーと奇妙なユーモアセンス。それってどんな作品にも含まれているものなのよ。ナン・ゴールディンも大好きね。彼女は素晴らしいわ。ああいう本当に若いフォトグラファーが今はお気に入りなのよ。たとえばイネス・ヴァン・ラムスウィードなんかもすごく好き。彼女にはスピン誌で撮ってもらったんだけど、信じられないくらい素晴らしかったわ」

■イネスってどんな人なんですか?彼女の作品にはわたしも興味津々なんですが。
「とても興味深い女性よ。背が高くて、とっても長い黒髪で、モジリアーニの絵に出てきそうな感じ。ボーイフレンドといっしに仕事をしてて、アート・ディレクションはすべて彼が仕切ってるの。あの人たちの作る写真は、本当に素敵だわ」

■あのふたりの作品の多くは、コンピュータで変化を加えた感じがすごくするんですが、あなたの写真もそうだったんですか?
「それはないと思うわ。わたしはそういうのが好きじゃないから。デビッド・ラシャペルのときはそうなるってわかってたけど。コンピュータ抜きじゃ、彼と仕事できないの。あと好きなのは、ショーン・エリスとマリオ・ソレンティね。ふたりとも、すごくシネマティックな写真を撮るし、ファッション・フォトグラフィーを超越した、まったく新しい波に所属してるって感じがするのよ。ほかにはスティーブン・マイゼルとかパトリック・デマルシェリエとか・・・あの系統の、アヴェドンやヘルムート・ニュートンの影響を受けているようなフォトグラファーもすごく好きね」

■マリオ・テスティーノはあなたのお子さんのオフィシャル・フォトグラファーでしたが、あれは予想外でした。
「どうして?じゃあ、誰だと思ってた?」

■以前あなたが仕事をしたことがある人だろうと。たとえば、ハーブ・リッツとかスティーブン・マイゼルとか。
「ハーブ・リッツは生後二日目の娘の写真を撮ってくれているのよ。とっても素敵な写真。全部額に入れて、LAの自宅に飾ってあるの。モノクロで、もっとクラシックな感じなのよね。わたしの手のひらにルルドの足を乗せている、最高にきれいなショットもあって、もう本当に素晴らしいの。あとハーブが撮ってくれたものといえば、マン・レイがリー・ミラーを撮った写真に似た感じのものもあるわ。すごいブロンドで、真っ赤な口紅をつけて、モノクロで撮ってもらったの。現像のやりかたがとてもマン・レイぽくって。でも、今はマリオが一番好きなフォトグラファーで、だからわたしと娘のオフィシャルなツー・ショットも結局、彼に撮ってもらうことにしたのよ」

■テスティーノの写真も素晴らしかったですね。
「実は、ほかにももっといろんなショットがあったのよ。マリオはルルドの中に何かを確実に捕らえたのね。あの人って本当に自然な、ジャーナリスティックな撮影スタイルをしてて、そこが気に入ってるの。走り回ってばかりでじっと座ってられない赤ん坊を撮るには、そういうスタイルのほうが合ってるのよ。ライティングだのなんだのは二の次で、なにかをしているルルドを捕らえるのが一番のテーマになるわけだから。そしてら思ったとおり見事な写真を撮ってくれたわ」

■このときの写真を見て、これは予想以上におもしろいフォトグラファーだな、とわたしも確信したんですよ。
「マリオに会ったことは?とっても愉快な人よ!ほんとにおもしろいの。撮影中にこっちの立ち方気に食わないと蹴って来るようなそんな人なのよ。それに絶えず歌いながら部屋の中を動き回ってて、元気いっぱいで。マリオの写真も同じことだと思う。そうやってリラックスした雰囲気を作ったら、あっというまに撮影を始めるの。そこがスティーブン(・マイゼル)のようにすごく几帳面な人とかなり違っている点ね。スティーブンはすごく具体的で厳密な美的感覚の持ち主なのよ。ただ、スティーブンとは本当に長い間一緒に仕事をしてきたから、そろそろ離れないといけないと思って」

■たしかにあなた方ふたりのあいだには、被写体フォトグラファーだけが築くことのできる、絆のようなものがあるように見えました。互いの非常に面白い面を引き出しあっているというか。
「ええ、そうようね、わたしってなによりもまず、相手のフォトグラファーと友達で、ふたりとも同じことを楽しんでるっていう気分にならないとダメな人間なんだけど、スティーブンとはそう感じることができたの。だからずっと一緒に仕事をし続けて、しまいには本を出す話まで飛び出したしかもっていうわけね。あんなふうにとにかくあけっぴろげな本を出すときには、仕事相手が自分の家族の一員のように思えないと絶対にダメなの。しかも、あのときは写真に撮影しただけじゃなくて、やったことすべて映画フィルムに収めたのよ」

■そうなんですか?で、そのフィルムってどうなったんです?
「ちゃんとあるわよ。アーカイブに保管してるわ。わたしが死んだら世に出るんでしょうね。フィルム・フォーラムあたりで上映されるんじゃない?

■そもそもマイゼルに惹かれたのはなにがきっかけだったんですか?お互いどういった点でウマが合ったんでしょう?
「そうね、まずなによりも、彼が本当に心から美を大切に思ってるという点ね。それに、あの人は力強い女性を写真に撮る術を心得てる。スティーブン自身がディーバなのよ。彼ってわたしとおんなじで、ハゲタカみたいにいろんなところからアイデアを拾ってくるの。昔の映画であろうが、ウォーホルの古い映画であろうがね。ストリート・ファッションに興味があるというところも似てる。至る所からアイデアを拾ってきて自分の作品に取り入れるんだけど、それってわたしも同じなのよね。お互いに好きなものもすごく似てるし。だから、あっという間に意気投合したのよ」

■『セックス』、そしてあの本ができた由来については、わたしも興味があるんです。ビジュアル的にはマン・レイやヨーロッパの実験作品の影響をかなり受けているように思うんですが。
「マン・レイに、ヘルムート・バーガーが主演しているビスコンティ映画全部、それから・・・『地獄に堕ちた勇者ども』は観た?イングリッド・チューリンが出てるの。『セックス』には、わたしが実際にイングリッド・チューリンになってる写真が何枚かあるのよ。あの本はありとあらゆるところからインスピレーションを得ているわ。今も言った古いウォーホルの映画にしてもそう。出演者が何もせずに、ただ座ったまま、ひたすらバナナの皮をむき続けてたりする映画があったでしょ?それに、ゲイエティー劇場で撮った、イブニング・ドレスを着て、革紐でつながれた男たちをはべらせているショットは、ビスコンティ映画の影響がかなり強いわね」

■あの本は、マイゼルと共同で考案したものだったんですか?それとも、あなたがまず企画して、その後でマイゼルを引っ張り出してきたんでしょうか?
「最初はわたしのアイデアで、後からあの人を誘ったんじゃなかったかしら。でも、本を一緒に作りたいっていう話はしてたのよ。ただ、どういう方向性でやりたいか、どういう類の本にしたいか、その辺がはっきりしてなかったの。というのも、わたしっていろんな違ったペルソナを演じるのが大好きなのよ。シンディ・シャーマンのカメレオン・スタイルに、もうちょっとひねりを加えて、彼女よりもう少しアグレッシブにね。だから、最初はとにかくいろんな外見を装った写真を撮ろうってことから始まったんだけど、そのうちにセックスとジェンダーの混乱状態っていうテーマを思いついて、そこから『セックス』が生まれたわけ。スティーブンはわたしと同じように、人を挑発するのが好きだから、それも大きな要素になったわ」

■“人”というのは、大衆という意味ですか?それとも彼の被写体になっている人たちという意味?
「ありとあらゆる人。あらゆるレベルのあらゆるものを挑発するのよ。究極のタブーを祝うこと、やっちゃいけないとされていることをやってとにかく楽しむことが、あの本の目的だった。なんて言うか、ポップ・スターはああいうことはやっちゃいけないことになってるみたいだったから。もちろん、そのせいでわたしは散々叩かれたわけだけど、だからこそ楽しく撮影できたことはよかったと思ってるわ。本当に楽しかったのよ。後悔はしていない。撮影中はすべてがパフォーマンス・アートのようで、ほんとに一世一代の、大胆で向こう見ずな実験だったの」

■シンディ・シャーマンの話をしましょうか。あなたはニューヨーク近代美術館で開かれた彼女の“film stills”というショーのスポンサーをされていましたよね。彼女の作品のどういった点に魅力を感じるのでしょう?
「それはやっぱり、彼女のカメレオンのようなペルソナよね。どんどん変容していくところ。彼女が喚起してくれるもの、作品の繊細さ、作品のディティールに惹かれるの。とにかく彼女の作品はどれも素晴らしいと思うわ」

■シンディ・シャーマンのスポンサーはどういったきっかけで実現したんですか?
「わたしのアートディーラー(ダーレーン・ルッツ)が、MOMAの関係者と大勢つきあいがあって。資金提供っていう意味で、わたしがこれまでに関わったショーは、ティナ・モドッティのショーとシンディ・シャーマンのショーのふたつだけなのよ。ほら、やっぱり女同士は団結しないと」

■いっしょに仕事をしたことのあるフォトグラファーの話に戻りますが、ハーブ・リッツについて訊かせてください。わたしにはあなたがミューズ、そして素晴らしい被写体として、フォトグラファーたちとおもしろい共生関係を築いているように思えたんです。そして彼らの方は、いつまでも色褪せないあなたのイメージを作り出す手助けをしてくれたんじゃないかと。
「まさにその通りよ。なかでもハーブ・リッツはその大きな役割を担ってくれたわ。特にわたしのキャリアの初期にね」

■今言った共生関係が、そういった写真をあそこまで印象的なものにしたと思うんですが、リッツの方はあなた方ふたりの関係になにを持ち込んだんでしょうね?
「イノセンスね。ハーブって、一見したところは写真を撮ってるように見えないタイプのファトグラファーなの。ある意味、偶然この職業を見つけたような感じで、本当に純真な人なのよね。いつも驚いたり、感動しているような、そういうノリの人なの。わたしの結婚式の撮影を依頼したのが最初で、そこからすべてが始まった。ハーブは、わたしの交友関係になくてはならないほどの重要な存在になったの。彼に出会うまでのわたしは、写真ってものを真剣に意識したことが無かったのよ。本当の話、それまでも何度となく被写体になってはいたけど、そこに存在していないのも同然だったっていうのかしら。自分でも気にしてなかったし。実際、アート・クラスや写真学校の授業でモデルをやってた駆け出しのころのヌード写真がいろいろ出てきたことがあったけど、あのころのわたしはそこでポーズを取ってるのがとにかく耐えられなくて、自分の存在を作業プロセスから完全に切り離すことにしてたのよ。売春婦が客といるときも、きっとこんな感じなんじゃないかしら、“本当の自分はここにはいないんだ”って。ハーブとのフォトセッションで、わたしは初めて共生関係っていうものや、エネルギーの交換、その交換から生まれるマジックというものに気付いたの。優秀なフォトグラファーって、被写体が輝くことのできる環境を作り出してくれるのよ。それに、現場で気持ちを楽にできるっていうことも、被写体の側からするとすごく大事なことね。たとえば、ロバート・メイプルソープには写真を撮らせてくれってずっと言われ続けてたんだけど、それでも、彼との撮影は縮み上がるほど恐かったわ」

■あなたには恐いものなんてなにもないように思えるんですけど。
「ええ、でも彼には、こっちを気詰まりにさせる、説明のつかないようなエネルギーを感じたのよ。ただ、彼に出会った頃のわたしは若くて未熟だったし、ニューヨークで暮らし始めてから間がなかったから。まぁ、それはともかく、わたしが本当の意味で関係を結んだ最初のフォトグラファーがハーブだったのは事実よ」

■で、その後がマイゼルですか?
「そう言っていいでしょうね。ほかにもいろんな人と仕事したけど、際立ってすごい人は誰もいなかった。でもそのうちファッションにますます興味を持つようになって、アート作品もどんどんコレクションするようになったのをきっかけに、アートとファッションの共通部分っていうのをますます認識するようになったの。スティーブン・マイゼルに興味を持ったのはそのころね。彼との関係もしばらくはうまくいったわ。で、それが頂点に達したのが『セックス』だったわけ。そのあと写真を撮られたくないっていう時期がかなり続いて、それが治まった後、マリオ・テスティーノと仕事をするようになったの。その合間合間にもいろんなファトグラファーと仕事をしたけど、いわゆるアーティストとミューズの関係が成立したのは、今言った3人だけね」

■彼ら以外に仕事してみたいフォトグラファーはいますか?
「ええ、ヘルムート・ニュートンにはぜひとも写真を撮ってもらいたくて、実際にも撮ってもらったの。彼の作品もとても気に入ってるわ。ただ、彼とはいい関係が築けなくて。あと、もうひとり敬愛しているフォトグラファーに撮ってもらったけど、そのときの写真は一度も使ってないの。パオロ・ロベルシに撮ってもらった写真なんだけど、彼も本当に素晴らしい仕事をする人ね」

■写真史に残る人物のなかで、この人に撮ってもらいたかったと思う人はいますか?
「間違いなくマン・レイね。あと、アービング・ペンにも。ただし、今じゃなくて40年前のペンに、だけど」

■では、美術史に残る人物の中で、誰に肖像画を描いてもらいたかったですか?
「ピカソなら素晴らしい作品を描いてくれたでしょうね。ドラ・マールの肖像を持ってるけど、信じられないくらい素敵な絵よ。わたしもいわゆるきれいな絵には描いてももらえなかっただろうけど、いずれにしても気に入ったはずだわ」

■ピカソの手にかかったら、単なるあなたの絵を描くという行為を超越したものになっていたでしょうね。
「ピカソは相手の人格を絵に描くのよ。肖像じゃなくて。しかも、彼は自分の人格までそこに描いてしまうの。あと、ブグローにもぜひ肖像画を描いてもらいたかったわ。きっとすごく美人に描いてくれただろうから(笑)。ブグローって醜い絵を一枚も描かなかったのよ。そう、それと、あの人。エドワード・ホッパー。彼の絵もすごく好きよ」

■あなたはわれわれの女らしさに対する考え方、そしておそらくは男らしさに対する考え方にも大きな影響を与えてきました。あなた自身はどういったところから思想的な影響を受けてきたんでしょうか。
「コレクションしているアートの影響はかなりあったと思う。それに、映画からもたくさんインスピレーションを受けてきたわ。特にビスコンティとパゾリーニね。パゾリーニの映画は宗教的な恍惚状態と性的な恍惚状態が絡み合っているし、ビスコンティの映画のことを考えるたびに、性ってものに対して混乱を感じるの。『愛の嵐』は観た?

■いいえ。
「『愛の嵐』を観てないの?(過ちをとがめる女教師のように枕をぴしゃりと叩く)シャーロット・ランプリングが出ている映画はどれも絶対観ないとダメ。彼女は天才よ!ナチのゲシュタポの制服を着た女性のイメージは、女性の傷つきやすさと脆さだけじゃなくて、制服というものが持つ男性的な側面も表してるの。それに演技やパフォーマンスをしているときの、キャバレーに出ているようなあの感覚、映画の『キャバレー』と同じ世界よね。そこには混乱が描かれている。男性ってなに?女性ってなに?って。デヴィッド・ボウイからも大きな影響を受けたわ。生まれて初めて観に行ったのが彼のコンサートだった。彼の姿を見つめながら、“この人って男なのかしら?”って思ったのを覚えているわ。でもそんなことはどうでもよかった。あるときは例のジギー・スターダストのボディ・ストッキングを着て登場したかと思うと、次の瞬間には白のダブルのスーツを着たシン・ホワイト・デュークになっていて、ものすごく両性具有的なものを感じたのよ。デヴィッド・ボウイにしろ、ヘルムート・バーガーにしろ、両性具有はほかのなによりもわたしの作品に大きな影響を与えてきたと思うわ」

■あなたは“女らしさ”の持つ数多くの面を非常に強力に打ち出していますが、両性具有も描写対象のひとつだというのはとてもおもしろいですね。
「本当にそうね」

■そのあたりは『セックス』にも明らかに表れていますね。
「ええ、でもゴルチエとのライブ・ショー(ブロンド・アンビション・ツアーとのこと)でやったいろんなこと、コスチュームを着たり、ベッドの側に円錐形のブラジャーをつけた男ふたりをはべらせたりしたことを思い出してほしいわね。わたしの活動はこれまでもずっと、ジェンダーを交換したり、男らしさや女らしさの問題をもてあそぶことがテーマになっているの」

■両性具有のどこに力強さ、あるいは魅力を感じるんでしょう?
「どこかしらね。結局わたしが一番おもしろいと感じる人たちって、ひとつの見方に収まり切らないような人たちなのよね。そういうテーマに惹かれるのは、わたし自身がすごく男性っぽいとか、すごく強欲だとか、男性的な特徴をたくさん持ってるとかって言われてきたから。でもどうしてそういう言われ方をするかっていうと、わたしが金銭的に自立していて、自分の性的な妄想を女のくせにぶしつけなくらい率直に話してきたからなのよ。だから、“レディらしからぬふるまいだ”とわたしを非難する人が増えれば増えるほど、こっちはますますレディらしからぬふるまいをしたい気持ちにさせられたわけ」

■これまでのあなたは常に、女らしさと男らしさに関する古い概念を公然と非難することを目的としてきたように思えるんです。主導権を握ろうとするのは女らしくないというのは、まさに女らしさに関する古い固定観念のひとつなわけですから。
「ついでに言わせてもらうと、アーティストは何世紀も前からロールプレイングに傾倒してきたのよ。フリーダ・カーロだっていつも男みたいな格好をしてたし。一時期のリー・ミラーもそう。だから、ふたつの性のあいだを行ったり来たりしてるアーティストは、昔から大勢いたわ。ただ、それはファイン・アートの世界でしか認められていなかった。というのも、ポップ・アートの世界では、社会的に容認できる行動が求められるのよ」

■その点については、ある意味で男の方が楽なんじゃないですか。ボウイしかり、ミック・ジャガーやボーイ・ジョージしかり。
「その通りよ。男はそっちに対しては脅威を感じないから。女の格好をした男には脅威を感じないのよ。でも男の格好をした女には、危険を感じるの。女みたいな格好をした男を見ても脅威は感じないけど、ピンストライプのスーツを着て、おっぱいもろだしにして、股間をつかみながら歩き回る女には脅威を感じるのよ。男をいっさい必要としていない女に対してね」

■あなたの女らしさと男らしさに対する考え方に影響を与えた、幼いころの経験っていうと何かありましたか?
「たぶん、ダンスの世界の影響がいちばん最初だったんじゃないかと思う。特に、マーサ・グラハムね。彼女はいつも物事をひっくり返そうとしていた。常に男に一杯食わせる侵略者だったのよ。それに、バレエってものすごく女性的なものでしょ?バレエを始めた頃、周りには男のダンサーがいっぱいいて、そこでジェンダーの混乱状態を初めて経験したの。男の集団がタイツをはいて歩き回ったり、つま先を高く上げたりしているわけでしょ?それに、あの人たちって信じられないくらい女々しいのよ。子供のころは男になりたかった。だって知ってる男性ダンサーで好きになった人はみんなゲイだったから。そこで思ったのよ。“わたしが男なら愛してくれるかも”って。それでロールプレイングに夢中になったわけ。学生の頃は髪をショートにしてたし、しかも拒食症だった。胸だってなかった。よく男の子の格好をしてゲイ・クラブに通ってたわ。そこで男たちをだまして、わたしを男と勘違いさせようと思って」

■成功しました?
「ええ、実際に何度か成功したわ。だからそう、まさにダンスの世界がきっかけだったのよ」

■その後は音楽の世界に興味を持つわけですが、ジェンダーの意味がより厳密に定められているロックン・ロールの世界ではなくて、もっと流動的なディスコを選んだわけですね。
「ええ、ディスコの影響をかなり受けたのは間違いないわ。ダンスの世界でも、音楽の世界でも、わたしが属していた社会的階層の住人は、大半がゲイの男たちだったから。観客もゲイだったし、インスピレーションを与えてくれたのもゲイだった。ディスコはわたしを自由にしてくれた。自分のやりたいことができたし、自分のなりたいものになれた。それが、あの世界を離れてメインストリームに入った途端に、いろいろ問題が生じだしたのよ。いきなり非難の的になったってわけね」

■でも、あなたはそういった非難を明らかに動力源にしていたでしょう?
「そう、その通りね。なにかをやっちゃいけないって言われた途端にエネルギーが湧いてくるから。小さい頃からずっとそうだったわ。たとえば、男の子は教会にズボンをはいて行っていいけど、女の子はダメだったりして、『どうしてなの?ドレスを着ないと、神様はわたしのことを今みたいに愛してくれなくなるの?』なんてよく言ってたわ。とにかくうんざりだった。ルールってものが。だからドレスの下にズボンをはいたの。とにかく父を挑発したくって。ミサの後、父にズボンをはいてたことを教えて、こう言ってやるのよ、『ほら、雷にも打たれなかったわよ』って。思うに、わたしってそれ以来、ずっと同じことをやってるのね」

■理想の女性というのは誰かいますか?あなたから見て、完璧に思える女性はいるんでしょうか?
「敬愛していて絵も収集しているアーティストの多くがそうね。ミューズとしてスタートして、その後に独力でアーティストになった女性たちすべてよ。いろいろ異なる世界で活動し、芸術を愛し、政治にも参加し、しかも女らしさも備えていた、そんな人たち。今の時代の人は誰も思い浮かばないわ」

■わたしの場合はなぜかエリザベス・テーラーの名前が頭に浮かんだんですが、しかし現在活躍しているスターのほとんどは、ここまで来る途中にあまりにも多くの妥協をしてきているので、判断が難しいですね。
「ハリウッドじゃゲームをプレイすることがすべてなのよ。成功を収めた女優のなかで、そのゲームに参加しなかった人なんて、ひとりもいないんじゃないかしら。少なくとも、わたしには思いつかないわ。背教者の数は、音楽業界のほうがずっと多いわよ。パティ・スミスもそうだし、ジャニス・ジョプリンだってそう」

■つまり、リー・ミラーやティナ・モドッティ、そしてフリーダ・カーロは理想の女性とは言えるけれど、現在活動しているなかで候補になりそうな女性は、わたしもあなたも思い浮かばない、と。
「寂しい世の中よね」

■では、理想の男性は?現在でも過去でもいいんですが。
「当然、デビッド・ボウイね。彼にはものすごく刺激されたし、今でも素晴らしい人だと思ってる。自分なりの流儀で限界に挑戦しつづけてきた人よ」

■経歴や生き方に関係なく、純粋にイメージ上での理想の男性像ってあったりしますか?
「それが、はっきりしないのよね。わたしが本当に心を動かされる男性のイメージというと、まずひとつはオスカー・ワイルドのようなタイプの男性。洒落者で、髪が長くて、スーツを着ていて、身を滅ぼすほど過剰なウィットを持っている、そんな男よ。でもその一方では、もっと仏教の僧侶のような人も理想だったりするの。頭も剃って、自分の性を昇華させてしまっているような人とかね」

■これまであなたと関係があった誰も当てはまらないんじゃないですか?
「あら、そんなことないんじゃない?」

■すいません、憶測はよくないですよね。
「そうよ。たとえば、わたしのヨガの先生のひとりなんかがいい例で、イエス・キリスト的な一面を持った人なのよ。美意識と人間性が感じられる人で、そこがとても魅力的だと思うわ」

■おもしろいですね。わたしはあなたと男性の関係について考えるとき、ついあなたのビデオに登場してきた、不良のような男たちの姿を思い浮かべてしまうんですが。
「たくましくてセクシーな男の子たち?そうね、不良に惹かれるのは確かよ。男のああいう部分は確かに好きだわ。でも、もう一方の部分も好きなのよ。本当のところ、わたしにとって、理想の男性と性的に魅力を感じる男性は別物なの。だから厄介なことになるのよ」

■あなたにとって、もっとも重要な視覚上のインスピレーション源はなんでしょう?
「十字架ね。わたしって、子供ころから十字架のイメージが心に焼きついて離れないの。作品のなかでもしょっちゅう使ってるわ。磔の刑や十字架上で苦しむキリストっていう概念そのものがマゾヒズムとどこか絡み合っているし、それに、カトリックはわたしの生い立ち、わたしの過去のとてもつなく大きな一部で、とてつもなく大きな影響を受けてきたの。わたしにとっては、本当にパワフルなイメージよ」

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