■この街に来てからこれまでのことを考えたりしますか?ポケットにたったの35ドルの現金しか持っていないあなたがタイムズ・スクエアにやって来るところから、物語は始まるんですよね。
「(あくびのふりをするマドンナ)ええほんとに、物語みたい。聞くのもウンザリのね。考えたことがあるかですって?当たり前じゃない」

■ニューヨークにやって来た当時、何か期待を抱いていました?
「生活し始めた頃?ノー、期待なんて全然してなかったわ。わたしの音楽をみんなに聴いてもらいたかったけど、先のことなんてわかんないじゃない。今じゃあらゆることを経験し尽くしちゃったわけだけど、こんな大変なことになるなんて、そんな準備も覚悟も出来るはずがないわよ。だから・・・精神分析っぽく言うなら、元々こうしたことをやりたいと思ったのは、誰かに愛されたかったからなの。どこから始めたのかって?ダンスの勉強をし、演技のことを考え、演技を勉強し、ミュージカル劇のオーディションを受けたのよ。聴いていた音楽をいえば、クラシックからバレエ音楽、モータウンまで、あらゆるものすべてだったわ。ミシガンではモータウンを子守唄代わりに聴きながら育ったの。そしてデビー・ハリー。ちょうどデビューした頃だったのよね。わたし、彼女の大ファンだったのよ」

■ミシガン州ベイ・シティを去らなきゃどうなっていただろうなんて、考えたことがあります?
「ええ、しょっちゅう考えてるわ。多分結婚して5人の子持ちになってるだろうなって。ミシガンに里帰りして昔の友達に会うと、みんなそういう風になってる。でもわたしは絶対にそうはならなかったはずよ」

■そこへ帰りたいと思うことは?
「絶望を抱く人たちが住んでるあの場所に?多分わたしは、ゼロから始めて目標を達成した人のインスピレーションあるいはシンボルになっているんだと思う。一つの夢を抱き、その分野の誰からも特別な手助けを得ないでその夢を追いつづけた人のね」

■あなたに直接的な影響を与えた人とは?
「あらゆるタイプの人たちからインスピレーションを受けてきたわ。映画のキャラクターであれ、画家であれ、本のキャラクターであれね。偉大な人たちの影響を受けたの。マーサ・グラハム(米モダン・ダンス界の草分け)に、フリーダ・カーロ(メキシコ人画家)・・・・・・」

■フリーダのどこが大きな魅力なんでしょうか?
「そのことは話したくないわ。3時間あっても足りないもの。わたしはただ、逆境に置かれながらもその逆境を克服し、一つの分野の草分けになった人たちにインスパイアされる、と言っているだけ。そして今言った女性たちがそうなの。彼女たちみたいな女性にインスパイアされてきたのよ。わたしはアン・セクストンとシルヴィア・プラス(共にアメリカの詩人)の大ファンだった。自分たちが育った場所への怒り、そして、女性としてある一定の振る舞いをすべきという周囲の考え方に対する彼女たちの怒りが、わたしには理解できるからよ。マーサ・グラハムとフリーダ・カーロは、女であるという点で、すべてを敵に回したわ。ラテン・アメリカには、女性の画家は多くはいない。フリーダを除くと、作品を入手できる人はまったくいないのよ、本当に。フリーダは徹頭徹尾性差別的なマッチョ社会で育った。彼女がそこから出てきた女であり、ディエゴ・リヴェラのような一流の画家に向かってファック・オフと言える人だというのは、すごく重要なことなのよ。フリーダはすべてを敵に回した、そして更に彼女は不具者だった・・・これは偉大な決断の物語なの。マーサ・グラハムもそう。彼女はアメリカ中西部の生まれなの。両親はすごく厳格なキリスト教徒だし、モダン・ダンスもちょうど生まれたばかりで、マーサは異教徒呼ばわり、魔女呼ばわりされたの。からだと足が丸見えの衣装をダンサーに着せようとしたからよ。わたしはこういう女性たちからインスピレーションを得てきたの。ハイスクール時代には、ロシア史の先生を崇拝していた。自分のやることにものすごい情熱を抱いて取り組んでいたからよ。彼女はすばらしい女性だったわ。彼女を愛していた・・・わたしの言いたいことがわかるでしょ?」

■生前のマザー・グラハムに会われたんですよね?
「ええそうよ。そう、彼女はとにかく信じられないような女性だった・・・。本当にいろんな人がわたしに影響を与えたわ。バレエの先生もそう。エイズで亡くなったんだけど、わたしは彼を敬愛していた。これからもずっと敬愛し続けるわ。彼はわたしが初めて出会ったゲイなのよ。中西部に生きたド派手なホモセクシュアル。そして彼が、他人と同じでいる必要なんてないと初めて教えてくれたの。わたしの言うことわかるでしょ?他人と違うことをするのを恐れちゃダメ、君は特別な存在なんだ、ってね。わかるでしょ?彼はわたしに勇敢になれと教えてくれたのよ。わたしには、名も無い人たちから有名人まで、あらゆる種類のお手本がいるのよ」

■マドンナはいつも男の子そして男たちと一緒だった。家では兄弟たちと、休暇には西海岸に住むいとこたちと。ミシガンではジョン・フリンの一座で踊り始めた時、ゲイの男性ばかり好きになるので、自分はダンスに不向きなんじゃないかと思ったという。彼女がついに音楽を発見したのもニューヨークのボーイ・フレンドを通してだった。
「ブレックファースト・クラブっていうバンドをやってる兄弟がいて、そのうちの一人と付き合い始めたの。わたしが曲作りに興味を持ったのも、本当にまぐれみたいなものだった。子供の頃は、自分が歌手になるなんて、決して、絶対に、100万年あったとしても、考えたこともなかったわ。ダンサーか女優のどちらかになりたかったんだもの。歌手なんて考えもしなかった。わたしはミュージシャンじゃなかったもの。音楽が大好きだったけど、わたしの夢ではなかったわ。で、彼と付き合うようになって、わたしもギターか何かプレイしたいって言ったの。すっごく昔の話。とにかくそういう感じで。単なる楽しみで・・・やり始めたのよね。でもうまくいき始めると、まるで魔法にかかったようだった。誰かがわたしに乗り移ったみたいにね。ギターを習い始めて、コード進行ができるようになると、もう後戻りはできないって感じだった。初めて曲を書いたときのことを覚えてるわ。何かがわたしのからだに乗り移った気分になって、無意識のうちに書いちゃったの。いつも詩を書いたり、日記を付けたりしていたから、頭の中に小さなフレーズやなんかがずっと残ってたのね。初めて曲を書いたとき、父に電話をして、安物のモノラルの小型のテープ・レコーダーに録音したのを、彼のために電話越しに聴かせたの。聞こえすらしなかったはずなのに、父ったら『すごくいい、すごくいいよ、マドンナ』だって。もちろんあれ以来、彼には何も聴かせたいと思わないわ。わたしはただ、すごく奇妙な体験だったと言ってるだけよ。まるで神様が間に入ったか、わたしが神様から啓示を受けたかのようだった。その時から毎日新しい曲を作ったわ。作曲に適した環境にいたのよ。あの子たち、古いユダヤ教会堂に住んでたから、会堂のてっぺんが彼らの住処なの。あの子たちは日中ずっと出たまんま、わたしをスタジオに残して行ったの。わたしったらまるで、お菓子屋にいるガキのようだったわ。しばらくドラムをさわってたかと思うと、ギターに乗り換えて、またしばらくするとキーボードの練習を始めてるって具合にね。マシーンに囲まれてプレーするなんて、世界全体がわたしに向かって扉を開いたかのようだった。

■マドンナの超一流のポップ・ソングは、実はさっとペンを動かして15分足らずで書かれたものがほとんどである。それ以上かかるといらいらしてくるのだ。
「そうそう、ぱっと書けちゃうのよ。でも妙なことに、1曲書くのに何ヶ月もかかることもあるのよね。そういう時はもう、悪夢よ。たとえば、とりかかってもう1年たつのに、まだやっと2小節目を書き終えたばかりみたいな曲。そのほかの曲は、パンッ(と指を鳴らす)って感じで出来ちゃう。そしてそうやって書いた曲の方が断然出来がいいのよね。意識すらしないで、とにかくすぐにできちゃうの」

■イメージで作曲するんですか?
「そうなのよ。わたしって曲を作る時、すごく映像的に考えるの。ヴィジュアルを常に念頭に置いて考える」

■では、歌と同時にプロモ・ビデオのアイデアも浮かぶと?
「そう、わたしっていつもシナリオやストーリーを考えてるのよ。だからあの本を作るのもすごく簡単だったわ。何でもヴィジュアル的に物語風にものごとを考えるから。ちょっとしたショート・ストーリーを書くように曲を作るのよ。いつも実際に起こったことをね」

■『セックス』はどんな本なんでしょう?“ポルノ・グラフィー”と呼んで差し支えないのでしょうか?
「(マドンナは一瞬傷ついた様子で、ポップコーンを頬張りながら座り直す)いいえ“エロティカ”よ」

■“ポルノ・グラフィー”とどう違うんですか?
「“ポルノ・グラフィー”というのは、何らかの虐待や客体化を意味する言葉だと思う。ところで、わたしはプレイボーイ誌がポルノだとは思わないわ。裸の女性の美しい写真を見てもポルノ的だなんてちっとも思わない。わたしには、誰かが誰かの胸を銃でぶち抜いてて二人が裸だったりすることのほうが、よっぽどポルノグラフィーだわ。ポルノには何らかの形の暴力や侵入、虐待が描かれている。わかるでしょ?」

■アルバムと本のタイトルを見ると、この二つにはつながりがあるように思えるのですが。
「唯一の結びつきは、“エロティカ”のリミックス・バージョンのCDが本の付録になっていること。二つに共通しているのはこの点だけよ」

■これまでのあなたと、あなたのパブリック・イメージを考えると、あなたはセクシュアリティの探求をライフワークの中核としているように、どうしても思えるのですが。
「そう、すごく興味を持っているテーマなのよ。これしか興味がないわけじゃないけど、すごく重要なテーマだと思うの。だってセクシュアリティこそ、人間のあらゆる行動の中枢にあり、人間の存在や他人との関係の核心を成すものだと思うの。

■でもあなたの探求にも“ここを越えてはダメ”みたいな一線があるんじゃないでしょうか?セクシュアリティにも“容認できない”と言われ得る分野がありますよね・・・近親相姦、小児愛、獣姦など。あなたはどこで線を引いているんですか?
「そんなこと考えたことも無いわ。例えば、“どこまで描いていいものか”なんて考える画家なんていないと思う。何か感じるものやアイデアや表現したいものがある時は、そこからどういう方向へ進むのかがわかるものよ。限界なんて考えない。最初に感じたインスピレーションと、自分が進みたい方向のことだけを考えるわ。自分が正直であるかどうか、本物の感触があるかどうか、これがわたしの一線よ。わたしが信じているものでなくなった時が、限界を越えてしまった時なの」

■あなたのお父さんは『セックス』を見ましたか?
「いいえ」

■『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』の中で、彼があなたにステージで服を脱がないように念を押すシーンがありましたね。あなたは脱がないと断言したのに、いざステージに立つと、丸出し攻撃だった。
「父にあの本を送るつもりはまったくないわ。それがあなたの質問なんだったらね」

■でもきっと目にするでしょう。テレビ、新聞、雑誌とあらゆる媒体で取り沙汰されるでしょうから。
「いいえ、彼は見ないわ。写真の何枚かを目にすることはあるかもしれない・・・。テレビをつけると胸に黒いバンドを巻きつけたわたしの写真が映っているかもしれないし。でもそうすればテレビを消すだけよ。きっとそうするはず」

■本を作る時、少しでもお父さんを怒らせてやろうという部分はありました?
「父を怒らせるためにあの本を作ったですって?とんでもない」

■しかしその、あなたはしばしば彼に認めてみらいたいと語っていますよね。
「彼に認めてもらいたいと思うのと、彼を怒らせるのとは大違いじゃないの」

■わたしにはわかりません。心理学者じゃありません。でも・・・・・。
「悪いけどわたしはそうなの。ノー、ノー、ノー!!父に認めてもらいたいのならエロティカがテーマの本なんて作らないわよ。彼が認めるわけないもの。父の注意を引く必要があった時期はもう終わったわ。父の注意を引きたくて学校で悪さをして家に帰されるのと、1年半もの間むちゃくちゃに働いたり、このクソいまいましい本のために奴隷のように働くのとは、違うと思う。同じなわけないわよ。父の注意を引きたきゃもっと楽な方法でやる、とでも言っておくわ」

■セクシュアリティが社会構造、権力構造の中に反映されていると思いますか?
「何を訊きたいのか、いまいちわかんないんだけど。街を歩く人たちの中にセクシュアリティを感じるかってこと?」

■そうじゃなくて、あなたを戸惑わせているアメリカ社会の側面においてということです。
「どこでもセクシュアリティだらけよ。ばかげたことを訊くわね。わたしの知ってる人にも知らない人にも、セクシュアリティは存在するわ。どんな人も、ある種のセクシュアリティがにじみ出ているものよ。本人がそれを恥ずかしいことだと感じて隠そうとしていようが、あるいはひけらかしていようがね。わたしの言いたいことわかるでしょ?つまり、みんなそれぞれのやり方でセクシュアリティと付き合っているってこと。んー、だから、あなたが何を訊きたいのか、わたしにはわからない。わたしはセクシュアリティをあらゆる場所で見つけることができるもの」

■強度女性嫌悪症の白人男性の、二枚舌で、見て見ぬふりをされ、ドアの向こうに隠され、抑圧されたセクシュアリティ、一般的に権力の座の上にのし上がる男たち(名前は言えませんが)のセクシュアリティのことを伺ってるんです。
「ああ、自分のセクシュアリティを恥ずかしく感じている人は大勢いるから。どこにでもいるのよね。自分の人生を恥ずかしく思ってる人は大勢いるわ。自分の幻想や心の奥深くにある真の密かな欲望に面食らっているのよね。あることをしているも、本当は別のことをしたいと思ってる。不幸せで、頑迷で、同性愛を嫌悪しているような連中が、あちこちでうろうろしているのはそのせいよ。自分自身の感情に怯えているのね。だから他人に向かって、いかに生きるか、どんな人間になるべきかを指図したがるのよ。でも、そういうんじゃない人だっていっぱいいるわ。そういう人は希望を与えてくれるのよね」

■マドンナはハリウッドを率いる男たちに迎合しようと媚びへつらったりはしない。彼女はハリウッドのエイズ撲滅運動で積極的な役割を担うのを嫌がったトム・クルーズとケヴィン・コスナーのことを嘆いた。また、バックステージを訪れたコスナーが彼女のショウを『NEAT(上手)だった』と評したことで彼女があきれてるシーンを『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』からカットしないことを決めて、エージェントを飛び上がらせた。オリヴァー・ストーンと大喧嘩したこともある。仮にも女優としてのキャリアを築くのに夢中になっている彼女にとっては、ベストな駆け引きではないような気がするが。
「わたしはもう女優としてのキャリアを築いたわ」と明らかにいらいらした様子で彼女は言う。

「ところでケヴィン・コスナーって誰よ?」

■“ハリウッドで最も力のある男の一人”と誰もが呼ぶ人です。
「別にわたしに面倒かけないし、怖くもないわ」

■『最終的には女優を一番長くなってるでしょうね』というあなたの発言を読んだことがありますが。
「そんなことは言ってないわ。ほかのキャリアとバランスをとりながらやりたいと思ってる」

■あなたがかなりの部分をコントロールできる音楽の世界から、構成要素の一員でしかなくなる世界に入るのは、さぞかし大変でしょう。映画というのはフラストレーションがたまる世界ですか?
「ええ、でも映画のことがわかってきたから随分ましになったわ。映画作りにもっとプロデューサー的な面から関わるようになったのよ。脚本家と会ったり、プロジェクトにアイデア段階から参加して、そこから脚本が生まれるまでの行程を見届けたりね。それにもっと演技に力を入れるようになったの。こうやって映画の基礎を学んだから、もう謎の世界でも何でもなくなったのよ。だから前ほどフラストレーションを感じなくなった。映画作りで一番苛立たしいのはものすごい数の人間が関わってて、ものすごい額のお金を使うっていうことね。『オーケー、アイデアが浮かんだ。スタジオに入ってレコ―ディングしてリリースしよう』というわけにはいかないのよ。わたしの言いたいことわかるでしょ?映画を一つ作るのに何年も費やし、何百もの人間が関わる上に、その全員が意見を持っていないといけないのよ。これがとんでもなくつらいわけ。安直な満足感なんて得られないのよ」

■『プリティ・リーグ』の撮影は楽しめました?
「楽しめたこともあったしそうでないこともあったわ。すごくいい友達ができたのと、野球ができるようになったこと、この二つが良かったことね」

■この映画のためにレコーディングされた、気の抜けた、媚びたようなバラード“マイ・プレイグラウンド”は、ニューアルバムとの関連性はほとんど無いという。
「全く別のものよ。映画のために一曲書いてくれと頼まれたからやったまで。わたしってこういうのはすごく楽にやれちゃうのよ。“作曲の宿題”って呼んでる」

■じゃあ、観るべき価値のある映画ですか?
「えっ、わたしはキュートな映画だと思うわよ。そりゃ『風と共に去りぬ』でも『ドクドル・ジバゴ』でもないから、芸術作品とは言えないわ。愉快な、軽い映画よね。おかしなシーンもいくつかあって、とてもスイートな映画」

■“アメリカン・ドリームもの”ってやつですか?
「そうよ」

■ちょっとインチキっぽくありません?
「ストーリーの語り手によるわ。誰でも独自のアメリカ観を持っているでしょ。たとえば、わたしの人生を誰かがリアリスティックに語ったとしたら、いんちき臭くなんかならないはずよ。この映画もすごくいい物語を元にしてるでしょ。1940年代にマジな野球チームを結成した女性たちの物語。まったく知られてなかった実話よ。彼女たちは、逆境に置かれながら、自分たちもやれる、プレーできると信じるようになったの。魅力的でびっくりするような本当の話。だけど砂糖をまぶして口当たり良くしちゃったという気もするわね」

■戦争中に限ってリーグを持つことを許されて、兵士たちが帰ってきた途端に主婦の生活に戻るなんて、女性の大勝利の物語とはとても思えませんでしたね。
「悲しいわよね。ほんと、うんざりしちゃう。でもこの女たちが一緒になってチームを作って、マジでスタジアムまで建てちゃうなんて、やっぱりびっくりするような話だわ。全然いんちきっぽくない。ま、もしわたしがあの映画を作るとしたらあのラストに文句をつけるところだけど、あいにくわたしは監督じゃなかったから・・・・・」

■何千万億ドルという契約金で彼女自身のマルチ・メディア会社マーヴェリックを設立したことで、マドンナと映画とのかかわりはますます深まった。『エロティカ』はマーヴェリックからリリースされるマドンナ初のアルバムとなる。複合企業マーヴェリックは単なるレコード・レーベルではなく、出版や映画、ビデオ、TV番組の制作もおこなう。これが彼女にとって、80年代に続く90年代征服の手段となるのであろうか。
「そういう風に考えたことはないわ。これは長い間わたしがやりたかったことの延長線上にあるものなの。ほんとにわくわくするわ。この会社にはすばらしい可能性があると思う。たぶん90年代にはこの事業にそうとうつぎ込んでいくでしょうね。だからまあそれを征服とか呼びたいなら・・・・」

■以前のインタビューで、マドンナは会社という男社会に華やかさを提供するのがどんなに楽しいかと話していた。長く辛いビジネス・ミーティングの間に、ブラジャーからポップコーンを取り出してもぐもぐやったりして、しかし現在の彼女はそれを否定する。

「全然おもしろくないわ。ほんと退屈。退屈以外の何物でもない」

■そういう環境の中で、セクシュアリティをわざと使うということはしないんですか?
「いいえ、わたしは頭を使うの」

■マーヴェリックの設立によって、公共の場にあまり姿を見せなくなるのでは?
「ううん。眠る時間がなくなるだけ。わたしは女優を辞める気もないし、歌手もパフォーマーも・・・どれも辞める気はないわ。わたしのところでは、すごく能力のある人が大勢働いている。そして、わたしが知らない間は何事たりともゴー・サインは出ないのよ。わたしへのお目通しがなければバンドも契約できないし、映画を進めるためのお金も出ないわけ。そりゃ当然、日常の雑事をやってくれる人はいるけど。つまり、わたしがすべての面倒を見ることはできないのよ。マネージャーのフレディ・ドゥマンはすばらしいパートナーよ。彼のおかげで荷が軽くなるけど、とにかく大変よ、ほんと」

■あなたがデスクワークに掛かりきりになったら、絶対あなたの代わりにカイリー・ミノーグが脚光を浴びるでしょう。彼女はあなたのキャリアのおこぼれでやっているような気がしませんか?
「そんなことどうだっていいわ。最近は何も気にしないの。わたしが影響を与えてる人はたくさんいるから、いまさら驚かないわよ。彼女の曲なんて長いこと聴いてないし」

■A&Rマンからホールのデビュー・アルバムを聴かされ、ロスのウィスキー・ア・ゴー・ゴーに彼女らのステージを観に行ったマドンナは、ホールを是非マーヴェリックにと考えたが、その後の契約争いで古くからの友人デヴィッド・ゲフィンに敗れてしまった。そして結局、彼女のホールへのご執心は報いを受けることになる。ヴァニティ・フェア誌のインタビューで、コートニー・ラヴがマドンナを吸血鬼呼ばわりしたのだ。マドンナはにっこり笑って肩をすくめる。
「これがショービジネスってもんなのよ」

■マドンナは一時、ケイティ・ジェーン・ガーサイド率いるデイジー・チェインソーにも関心を寄せていた。
「でも別に高く買ってたわけじゃないわ」

■あなたはロック・バンドのフロントマン(あるいはウーマン?)になれなかったことを後悔してるんですか?
「そうじゃないわ。最終的にわたしがやるようになった音楽は、自分ですごく気に入ってるもの。わたしは世間から切り離された人間じゃないわ。丘の上のお城に住んでるわけじゃないのよ。この世界に入った時に負けないくらい、人生の経験は今でもたっぷりしているわ。毛色の違う友達がたくさんいるの。外へもよく出かけるしね。わたしの興味の対象は、映画から音楽までずっとアンダーグラウンドにあるのよ。だから・・・」

■あなたがニューヨークにやって来たのはすごくエポック・メイキングな時期でしたね。ブレイク・ダンス、落書きアート、ラップ・シーンの出現と。
「そう、才能のある人間がたくさんいて、すごくエキサイ
ティングな時代だったわ」

■それに本当の意味でのコミュニティ意識がありました。

「そうね」

しかしそれ以来、コミュニティは変化してきましたね。レーガン政権の間に、経済や病気によってばらばらにされてしまった。エイズとか都心部の崩壊とか・・・。
「そうね、悲しいことよね。実際、もうああいうシーンは存在しないと思うし。でも世の中は変わるものだし、それでも人生は進んでいくのよ。悲しいことだけど、それはもう過去の話。わたしはラッキーだった。すごくラッキーだったって気がするの。ああいう時代を経験して、しかも参加できたんだから。すごく刺激的だったわ」


■崇拝され、熱狂的に愛されるのはすばらしい気分だって、以前言っていましたね。でもそれと表裏一体を成すものがあるんじゃないですか。つまりあなたを愛する人がいれば、あなたを憎む人もいるはずです。宗教人、モラリスト、高慢な人、検閲屋と、たくさんの人があなたのことを悪魔の娘だと言い、あなたを憎み、ののしっていますね。
「わたしを憎んでいるとは思わないわ。怖がってるんでしょ。わたしの考えることに怯えてるのよ。わたしを知ってれば、面と向かってわたしと話をすれば、憎んだりしないはずだわ。人って恐れているものを憎むものでしょ。嫌悪ってそういうものにすぎないのよ。本当に憎んでいるわけじゃない。理解しないで怖がってるだけよ」

■ティッパー・ゴアがアメリカ副大統領夫人になったら、と考えるとぞっとしませんか?
「ぜんぜーん。わたしがあの人を鍛え直してやるわ。前に一度会ったことがあるの。かわい子ちゃんよ」
※ゴアは、10代の妊娠を扱ったマドンナの曲「Papa Don't Preach」の曖昧な歌詞に自分なりの解釈を下し、この曲を称賛した。ゴアが率いるPMRC(父兄による検閲団体)では、この曲が親子の会話を促す機会を作ったと見ている。一方、そのほかの右翼モラリストたちは、“赤ちゃんを産みたいの”という歌詞を、中絶反対運動を実質的に支持するものとして歓迎している。以前マドンナを“盛りのついたポルノ・クイーン”と呼んだ、その同じ連中がである。

■男性の批評家から自堕落だとか売春婦みたいだという風に反応されると、今でも小学生に戻った気分になりますか?
「女の人だって同じことを言うわよ。まったくもう。さっきの話に戻るけど、みんなわたしを怖がっているの。わたしが象徴するもの、わたしがみんなに引き起こす感情が怖いのよ。脳みそのないニンフォマニアとして片付けてしまうほうが楽なんだわ。そうすれば街を歩いていても心配ないし、こうした恐怖を感じなくても済むと思っているのよ。誰かを受け入れたくないと思うと、みんなその人を無視するものよ。わたしの言いたいことわかるでしょ?記事でも何でもジャーナリストの書いたものを読めば、連中の多くがわたしを恐れているってことがわかるじゃない」

■ジャーナリストだけじゃないでしょう?ミック・ジャガー、ロック界の老いた種馬である彼が、「マドンナのやることはすべて気違いじみている」と言ったことがあります。
「確か彼に会ったことがあるわ。一度レストランで握手したの」

■驚きですね。あなたは後に恋人となるトニー・ワードと初めて会った時、自己紹介の代わりに彼の背中に煙草を押し付けたというじゃないですか。ミックが相手ならひっぱたいたって良さそうなものでしょう?
「でも彼に会ったのはそう言われる前だもの。それに、わたしに対してくだらないことを言う連中を全員ひっぱたいて回ったら、一生かかっちゃうわよ。要するに、ミック・ジャガーはわたしがどこか変だとか言えるほど、わたしを知っちゃいないのよ。わたしのことなんか、まるっきりわかっていない。だから彼が何を言おうと腹は立たないわ」

■“レジスター・トゥ・ヴォート”のキャンペーンビデオで、星条旗だけを身にまとった姿のマドンナは、ダンサー二人をバックに従えて「マーティン・ルーサー・キングにマルコムX/選挙権はセックスと同じくらいにすてき」と歌った。そして選挙人登録をしない人は、「思いっきりお尻をつねってあげる」と言った。それに引き続き、彼女は最近“ロック・ザー・ヴォート”キャンペーン用に新しいビデオ・スロットを完成させた。このビデオは、政治問題に対するマドンナの考えをある程度表しているように思える。この中で彼女は、楽屋で化粧をしながらアメリカ政治のややこしいプロセスをおもしろおかしく語る。
「で、登録を済ませたら、政策に目を向けなきゃだめなの。候補者、候補者の奥さん、候補者の奥さんの作るクッキーのことをよく考えなきゃならないのよ」

■だがマドンナは実際誰に投票するのだろう?
「クリントンよ。いつも民主党一筋」

■いろいろと言いたいことはあれど、ですか?
「そうよ、だってどうすりゃいいのよ。ほかに選択肢がある?」

■ロサンゼルスで暴動が起きたとき、あなたはどこにいましたか?あれをどう思いました?

「週末にロスに着いたばかりだったの。怖かった。テレビに釘付けになったわ。みんなと同じよ、ショックだったわ。でも、いつかこういうことになるのは目に見えてたとも思った。あの警官たちが無罪放免になったのは本当に腹が立ったわ。何の罰も受けないんだから。これが逆で、白人が暴力を振るわれたんだとしたら、絶対こんなことにはならなかったはずよ。だからみんなが怒るのはよくわかった。ある意味では良くやったって思ったわ。暴力を肯定しているんじゃないのよ。たくさんの人が怪我したんだし。でも、うーん・・・・・時にはこういう形でしか、みんなの目を覚ますことが出来ない場合もあると思うのよね。あの時のロサンゼルスには、すごい連帯感を感じたわ。あの暴動の前にも後にも存在しなかったようなね。ああいうことが起きた時には、金持ちの白人をたたき起こして『いい、これはあんたたちのすぐそばで起きていることなのよ。見て見ぬふりするなんてできないのよ』って言ってやらなきゃ。

■あの事件によって、アメリカは白人世界と黒人世界に分かれているのだとはっきりわかりました。あなたは「Borderline」や「Like A Prayer」といった歌とビデオを通して、二つの世界の架け橋になろうとまでしましたね。
「でも、一つのグループへの偏見を特に意識していたわけじゃないわ。あらゆる人に対して偏見が存在する・・・女性にもゲイにも、ブラックにもね。そういうことにはわたしはものすごく敏感なの。そういうのに一番腹が立つし、自分の音楽なんかで扱いたいものはそういう問題なの」

■その分裂がいまだにこれほど大きなものだということを目の当たりにして、さぞやがっくりきたでしょうね。
「ほんとよ。ばからしいと思わない?今ほど最低な時代はないわ。だって、みんなもう自分たちが何かを成し遂げたつもりでいるでしょ、60年代の社会主義とか革命とかで・・・・。くだらないったらありゃしない。わたしたち、どんどん後退しているのよ」

■未来の人たちが20世紀末を振り返ってみた時、あなたをある種の女神、メドゥーサや古代ケルト人の女王ボアディケアやモナリザといった、神話的存在として見るようになると思います?
「そうねぇ、まあね」

■そうなったらどんな気分がするでしょうね。
「いっぱい仕事したんだなって感じね」

■あなたとしては、どんな人物として後世に記憶されたいですか?
「まだわかんないわ。これからもやることはたくさんあるんだもの。わたしが80になったら訊いてよ」

■エスヴィス・プレスリーが死んだその日、マドンナは19回目の誕生日を祝っていた。ある者は、エルヴィスの魂がマドンナの魂の中に入り込んだために彼女はより強くなったのだと考えている。またある者は彼女のことを、名声によるプレッシャーを誰よりもうまく取り払うことのできる文化的戦士だとみなしている。
「どういう意味なのかわかんないわ。でもわたしってすごく立ち直りが早い人間なの。5歳の(母親が死んだ)時からね。あらゆる逆境に出くわしてきたから強いのよ。片意地張ってて厚顔で・・・・・今わたしがいるところに到達するには、こういう強さが必要なの」

■今もセラピーは受けているんですか?
「いいえ、しばらく行ってないわ」

■時間の無駄だったというわけですか?
「とんでもない。すっごく勉強になったわ」

■何を学びました?
「わたし自身について」

■何か驚いた点などは?
「驚くようなことなんて何もなかった。とにかく例をあげるなんてできないわ。何年も何年もあの分析医のところに通ったのよ。自分について何を学んだかなんて、3分そこらで話せないわよ。精神分析ってすごく時間のかかるプロセスなの。過去を整理して、自分に影響を与えた過去の出来事を見つけ出そうとするのよ。自分の行動の要因、それを変える方法、自分の好きな点、嫌いな点を発見していくの。人って年を取るにつれて、覚えていたくないことが起きるものよ。精神分析はとても勉強になるプロセスなの。わたしは分析を受けられるだけのお金があってラッキーだったと思うわ。どの人もみんな経験すべきだと思うもの。ほんの小さなことから自分の信じられないような一面がわかってくるのよ。なぜ似たような人間関係ばかり続くのか、といったことからね・・・・数えたらきりがないわ。自分自身について信じられないくらい多くのことを学んだんだもの。その中から特定のことを一つ公表するなんてばかげてるわ」

■自分自身をオープンにさらけ出す、これがマドンナの資質である。U2の映画『魂の叫び』は、このバンドの神話と厳密に調和している作品だった。しかし『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』は、マドンナののもうひとつの側面をさらけ出すことに取り憑かれたような映画だ。これは彼女にとって一貫したテーマで、自分の人格を探究するためのマドンナは変装し、最後にはわれわれが忍び難いほどに親しみを覚える一個人となるのである。
「たいていのアーティストが同じように自分をさらけ出してると思うの。でもそれを喜んで認めようとする人はほとんどいない。本を出しても映画を作っても、みんな『いや、実際のわたしとはまったく関係がない。これはフィクション』と言う。そんなの信じられないわ」

■またマドンナは、有名人の間の不文律をよく破る。マイケル・ジャクソンとのデュエット話が進んでいた時、彼女はレズビアン&ゲイ雑誌に、どんなに彼のイメージを変えてあげたいか、ゲイのダンサーたちと付き合わせ、『くだらないバラードやラブ・ソングなんかじゃなく、完全にイっちゃってる』曲を作らせたいかを語った。うわさによるとジャクソンはこの発言に恐れおののき、夢の共演は中止とあいなったのである。
「何よ。わたしは何もしゃべっちゃいけないの?そりゃ、確かにわたしはずけずけ物を言うタイプだし、何かを訊かれたらちゃんとそれに答えるし、話したくなければそいう言うわ。でも、どうして有名人は有名人になると残りの人生を隠れながら過ごさなきゃいけないの?わたしはわかんないわ。わたしは自分のしていることを恥ずかしいと思わないから、隠さなきゃならないという風に感じないの。それにわたしの周りじゃおもしろいことがたくさん起きるし、おもしろい逸話を話したいのよ」

■デュエットの話がぽしゃった時は、がっかりしましたか?
「いいえ、全然」

■例の雑誌のインタビューでは、あなたはこのデュエットを特別なイベントにしたくてたまらないといった感じでしたが。
「そんなことないわよ。何ていうか、マイケル・ジャクソンはたしかにすごく才能のある人よ。でも彼はわたしが仲間入りしたくない世界にいる。わたしは世の中とのつながりを断ちたくないわ。自分の人間らしさを疎外したくないのよ。彼の世界に飛び込むこともできたけど、わたしはいつも事実に直面し、人と触れ合おうとしてきたの。ところが彼はいつも仮面の向こうに隠れ、自分の周りにバリアを築いてばかりいる。仕事をしている彼を見れば一目瞭然よ。勘違いしないでね。マイケルはすごく才能があるわ。でも彼は自分を殺してるとわたしは思うの。一緒に仕事をしてみたい、とわたしに思わせたマイケル・ジャクソンをね。でもわたしには、ほかにやらなきゃならないことが本当にたくさんあるから。わたしは、正直でありたい、現実に立ち向かえる人間でありたいと願っているアーティストなの。彼のやり方とはまったく違うわ。二人は水と酢、水と油のようなもの。合わないのよ」

■では、どういった人を見ると「あらいいわね。わたしと通じるものがあるわ」と感じますか?
「いつもその質問をされるんだけど、その度に悩んじゃうの。で、1週間くらい後に突如『あっ、そうだ。そうそう、あの人がすごく好きだわ』って思い出すのよ。

■プリンス?
「今の彼のやっていることには興味ないわ。そう、5年くらい前まではねえ・・・初期から『パープル・レイン』まではすっごくよかった。最近のアルバムはサイテー」

■彼とジョイントしたあの曲(『Like A Prayer』に収録された「Love Song」)にはちょっとがっかりしました。
「ま、お好きなように。あなたにも意見を言う権利はあるから。でもわたしはすごく気に入ってるわ」

■女優では?
「ジェニファー・ジェイソン・レイが最高ね。共演してみたいわ」

■富と名声を得たにもかかわらず、マドンナが愛する者はみな彼女の元を去って行った。彼女の夫、母親、ダンス教師、エイズで死んでいった多くの友人たち・・・。更に彼女は、この先子供を持ちたいという願いを決してかなえることがなく、そして破滅的な人間関係から永久に逃れられない運命にあると言われている。
「いいこと、そうやってわたしを悲劇のヒロインに仕立て上げちゃう連中は山ほどいるわ。『ああ、なんてかわいそうなマドンナ』みたいな未公認の伝記を書く連中よ。読んだらあまりにも滑稽で笑っちゃうわよ。わたしは何でもやりたいことをやっているだけ。そりゃ嫌なこともあるし、有名人でいるのも楽じゃないと感じることもある。でも本当にとんでもなく悲惨な状態だったらとっくに辞めてるわよ」

■最近のダイアナ妃をめぐる騒動についてはどう感じますか?
「彼女には同情するばかりよ。わたしのアパートに引っ越すようにお招きするわ。わたしよりひどい目に遭っているのはダイアナ妃ただ一人だと思う。彼女の周りにはいつも、まるで専門家のような顔をして彼女の私生活のことを何だかんだ噂している連中がうようよいるのよ。あの子がどんな気持ちでいるかなんて誰にもわからない。彼女以外、どこのどいつにもね。大衆の目にさらされて生きなきゃならないなんて、そんな、あたしだったとっくに手首切ってるところよ。あのかわいそうな子が一体全体どうやって耐えているのか、見当もつかないわ」

■あなたも、結婚生活のむごたらしさ、結婚生活の破綻、そして容赦ないマスコミ攻撃と、似たような経験をしましたね。
「彼女の方がひどい目に遭っているわ。わたしには追い回されずに済む日もあるけど、彼女はそういうわけにはいかないもの。わたしは身を隠そうと思えばできるのよ。彼女は王室のメンバー、だからそれにふさわしい振る舞いを求められるけど、わたしにはそんな必要はない。胸が悪くなるわ。あそこから立ち去って、もう一度彼女自身のために人生をやり直して幸せになってほしいわ」

■そして、その過程でロイヤル・ファミリーの崩壊の一端を担うと。
「ロイヤル・ファミリーの崩壊なんて、わたしの知ったことじゃないわ。わたしはダイアナ妃の幸せのことを言ってるだけ。確かにイギリスには、ああいうお姫様ごっこに憧れる人が大勢いるに違いないし、それに、ロイヤル・ファミリーがイギリス人の心にしっかりと根づいた、何かを象徴する存在であるということはわかってるわよ。でもわたしには、どちらかというと古臭い感じがする」

■この10年間のマドンナの絶えず変化する顔と身体付きを見ていると、多くの人物・・・アン・セクストン、マレーネ・ディートリッヒ、マリリン・モンロー、フリーダ・カーロ・・・が彼女の概観に反映されているのがわかる。単に他人をコピーしているだけなのかを尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
「あなたはどう思うの?」

■“イエス”だろうと。
「へえ、じゃあ誰に似てるっていうのよ」

■わかりません。あなたが演じたいキャラクターが誰に似てるかを、あなたなりに解釈したものかも。
「ほかの人たちも同じだと思うけど、わたしもいろんなものにインスパイアされるのよ。街を歩くティーンエイジャーとか、ホルストの撮った古い写真、昔の映画、古い絵なんかにね。多くのものがインスピレーションを与えてくれる。でもみんな、わたしが誰に似てるとか似てないとか、わたしのそういう方面ばかり追求しようとするのね。わたしが計算と計画を重ねて、自分を変えたり他人の真似をしたりしていると思ってる。でもそんなことを考えているのは、ほかのことに比べたらほんの短い時間でしかないのよ。単にわたしはそういうイメージ・チェンジが得意で、周りがそのことばかり注目するというだけよ。わたしは変化が好き。変化するのは良いことだわ。食事を変えたり、服や外観を変えたり、髪を切ったり・・・何でも変えることは良いことよ。わたしは言うべきことはこれだけ」

■円錐形の胸や筋骨たくましい腿のどういう点に惹かれたんですか?離婚の後ツアーに出たときのあなたは、すっかり体型が変わっていました。
「もっと強くなりたかったから」

■声も変わりましたね。
「別に変えようと思ったわけじゃないのよ。自然にこうなったの」

■体型が変わったせいでしょうか?
「いいえ、成長したのと、自分自身ともっと付き合うようになったのと、胸郭のもっと奥の方から声を出して歌うようになったせいよ。人間として成長したことと関係があるはず。もうかわいい女の子でいたくない、かわいい女の子のような声で歌いたくないと思ったの」

■あなたに対するこれまでのもっとも建設的な批判とはどんなものですか?(長い沈黙。椅子に深く腰かけ、マドンナは目を閉じる。トランス状態に入ろうとしている巫女のようだ。慎重にゆっくりとマドンナは話し始める)
「いろんな状況で同じことを言われてきたわ。ダンスの先生であれ発生の先生であれ、あるいは映画監督であれ、基本的にみんな同じことを言うの。自分自身でいることを怖がっちゃいけないって」

■あなたがそんなことを恐れているなんて、信じられないなぁ
「あら、そんなことないわ。踊ったりパフォーマンスしたりしている時に、自分のすべてを出し切らないで何かを隠してる、みたいなことがあるし、映画のワン・シーンを撮っている時にも、感情を押し殺してしまって、セリフを読んでいても気持ちが入ってこないことがある。そういう時、誰かに『ほら楽にして、君は君自身でなきゃ。何を隠してるんだい?』って言われるような状況が結構あるのよ。アーティストとして自分らしく自然でいるというのは、何をする時にも当てはまるものよ。だから、他人は気付いていなくても、わたしにはわかっているからずっと罪悪感があったの、だから・・・・・」

■黙示録は、あなたの宗教的世界観の特色をなしていますか?
「この世の終わり?黙示録ですって?この世の終わりのことなんて考えたこともないわ。生きてる間にやるべきことがいっぱいあるもの。わたしが宗教的な人間だからといって、最後の審判とか辛気臭いことばかり考えてるとは限らないじゃない。地球環境の面では、今のペースを考えるとわたしたちって地球を滅ぼすのにすごく貢献してるわね。でもわたしはこの世の終わりのことなんて考えたりしないわ。全然ね」



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